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我が家のファミリー通信 No.103

サロマ湖100kmウルトラマラソン60キロがゴール

70歳のチャレンジとして初めてエントリーしたサロマ湖100kmウルトラマラソン。
最初は50キロまで走れたら十分と思っていたけれど、真剣に練習に取り組むうちにサロマ湖完走を真面目に考えるようになってきた。
1月から3月まで月300キロを走り、4月には360キロを超え、5月には400キロを走って6月の本番に備えるつもりだった。
ところが5月に入ると、花粉症の影響もあって思うような練習ができなくなり、それまでのワクワク感が次第に不安へと変わってくる。

完走できるかどうかの他に、初めての参加なので要領が分からず、万全の状態でスタートラインに立てるかも不安要素の一つだった。
ゴール地点に車を置いた方が楽だと思って、フィニッシュ会場の常呂町スポーツセンターで車中泊することにする。


前日の昼食、なかなか美味しかった


現地までのルートを検索し、昼食は北見市留辺蘂町のレストランe'fでオホーツク干貝柱塩ラーメン特製醤ライス丼セットを食べ、風呂は塩別つるつる温泉へ。
コンビニで明日の朝食のおにぎりを買ってから、雨が降る中、午後2時半に現地に到着。
さすがにこの時間では、車もまだまばらだった。


土の駐車場は雨の影響でグチャグチャ


私はテントで寝るつもりだったが、そんな場所が駐車場の近くにあるのかも分からない。
ここには大きな駐車場が用意されているけれど、土のグランドなので今日の雨で路面がグチャグチャになっている。
周りの芝生地に数張りのテントが張れてていたが、とてもそこに車を乗り入れる気にはなれず、その隣の駐車スペースに車を停めることにした。
そこは砂利のグランドの上に草が生えたような状態で、これならば少々の雨でも関係なさそうだ。
端のほうに車を停めるとその直ぐ後ろにテントを張れるスペースがあり、これでテント問題は解決。


丁度良いテントスペースが有って喜んでいたけれど、雨漏りは想定外


ところが、2年間使っていなかったニーモのシングルウォールテントはシームテープが劣化してボロボロ。
霧雨くらいならば大丈夫だろうと思っていたが、結構な強さの雨が降ってきてテントは雨漏り。
結局はかみさんと一緒に車中泊となってしまった。

フィニッシュ会場を一廻りしてみたが、準備はまだあまり進んでいない。
気になったのはトイレの少なさ。
仮設トイレがあるわけでもなく、外には小さな公衆トイレが一箇所と他には公民館の中のトイレを使うしかない。
これから人も増えてくるだろうし、明日の出発前に顔を洗ったりトイレを済ませたりするのは無理かもしれない。


明日はここまで戻ってこられるだろうか?


夕食は道路を挟んだ場所にある「レストハウスところ」で早めに食べるつもりでいたけれど、何故かこの日は臨時休業。
混雑を嫌って、毎年この日は店を開けていないのだろうか。
慌てて近くのコンビニへ。
大会の前日にはコンビニの弁当も売り切れるという情報もあったけれど、午後4時前には弁当はまだ山積みされていた。

午後7時頃には眠りについたけれど、狭い車の中では何度も目が覚めてぐっすりと眠れない。
フィニッシュ会場からスタート会場へ向かうバスは、始発便が午前2時45分発。
朝のトイレはスタート会場で済ませるしか無さそうなので、なるべく早くスタート会場へ行くつもりだった。


 

しかし、目が覚めたのはバス出発の1時間前。
狭い車の中で苦労しながら準備をしていると、既にバスへの乗車が始まっていた。
何とか準備を済ませて、慌ててバス乗り場に向かうと、そこには乗車待ちの長蛇の列。
寝る時には車も少なかったのに、いつの間にこんなに人が集まったのかと驚いてしまう。
4台目くらいのバスにようやく乗れて、出発した時には午前3時を過ぎていた。


早い時間からバス待ちの行列はできていたようだ


バスの中でおにぎりの朝食を食べて、1時間ほどでスタート会場に到着。
スタート時間は午前5時。
それまでにトイレで大の方を済ませなければならない。
バスを降りて人の流れに付いて歩いていくと、途中の文化センター建物内にトイレ行列を発見。
時間がかかりそうだったけれど、何処のトイレが空いているのかも分からないので、その行列に並ぶことにした。

女子トイレの方は行列もなく、かみさんは直ぐにトイレを済ませてゆっくりと準備をしていた。
男子トイレに並んでいる人たちは殆どが大の方らしく、行列は遅々として進まない。
スタート時間15分前になって、大はあきらめ小だけ済ませることにした。
小の方は並ばなくても直ぐに入れるのだ。


フィニッシュ会場で受け取る荷物、中間地点で受け取る荷物に分けてそれぞれを預ける


そうして荷物を預け、ようやくスタート待ちの最後尾の方に並ぶことができた。
霧雨が降っているのでポンチョ型の簡易雨具を羽織る。
間もなくしてスタート。
4分33秒もかかってようやくスタートラインを通過。
これから長い一日が始まるのだが、何はともあれ無事にスタートできて一安心である。


後ろの方に並んだので、スタートラインを通過するまで結構な時間がかかってしまう


今回初めてウルトラマラソンにチャレンジするにあたって、頼りにしたのはAIである。
その中で、周りに引きずられて最初からペースを上げてしまうと後半でばてるので、50キロまでは7分20秒くらいで走ることと言われていた。
そのアドバイスを忠実に守って走っていると、周りのランナーからどんどん離されていく。


次々に追い越されても忠実に自分達のペースを守っていたが・・・


「このペースに合わせたら駄目なんだ」と思いながら、1.5キロ付近で後ろを振り向いて愕然とした。
私たちの後ろを走っているのは4人しかいなかったのである。
7分20秒ペースで走っているランナーなんて殆どいなかったのである。


後ろを振り返ると4人しかいなくて愕然


最初の5キロくらいは湧別町の周りをぐるりと一周りするようなコースになっていて、再び町の中に戻ってきた。
7分20秒ペースではさすがに遅く感じて、7分ちょっとくらいまでペースアップする。
町の中では沢山の人達が応援してくれている。


再び町の中まで戻ってくる頃には後ろを走るランナーの数も少し増えていた


10キロから先、18.7キロの折り返しまでの区間は往復コースとなり、ここで参加者全員とすれ違うことになる。
トップランナーは100キロを6時間ちょっとで走り切るので、信じられないようなスピードであっと言う間に通り過ぎていった。
ここのマラソンに参加している知り合いは三段山クラブのTさんだけ。
大勢の中でその姿を見つけるのは難しそうだったけれど、向こうから声をかけてもらって嬉しかった。


トップランナーとはあっと言う間にすれ違う


 

エイドの様子

折り返し近くには三里浜キャンプ場がある。
このキャンプ場でテントを張ったことはないけれど、我が家の初めての流氷キャンプは確かこの辺りの海岸だったはずだ。
何となく懐かしさを覚える。


道の行き止まりが折り返し地点


この辺りでは順調に走れていたけれど、困っていたのはトイレ問題である。
スタート前に大をすることができなかったので、何処かでトイレに入ろうと思っていた。
しかし、何処のトイレにも長い行列ができている。
時間をかけてそこに並ぶような余裕はない。


残念ながらサロマンブルーとは程遠い風景


25キロのエイドでようやく空いているトイレがあったので、そこに入った。
しかし、直ぐに出そうもないので、大は諦めて走り続けることにする。
お腹は張っているけれど、それほどの便意もないのだ。

35キロエイドでアンパンを食べ、40キロエイドではスイカが登場。
補給食は余るほど持ってきているけれど、やっぱりエイドで食べるもののほうが美味しい。


少しくらい暑くなっても良いから青い空の下でサロマ湖を見たかった


そして、モニュメントの建っている42.195キロを通過。
タイムは5:18:04、ネットタイムでは5:13:31なので一月前に走った洞爺湖マラソンの5:11:02とほぼ同じである。
洞爺湖はサロマの練習のつもりで走ったので、ここまではほぼ練習通りと言えるだろう。
しかし、そこから先は完全に未知の領域である。


二人で写る貴重な写真


道路を通行止めにしていない場所では狭い路肩を走らなければならず、二人並べば道が塞がってしまう。
50キロ関門手前の標高差30mの坂道で、そんな狭さも気にせずにかみさんがスパートをかけて、あっと言う間に姿が見えなくなる。
坂道をゆっくりと登るのは苦手だというかみさんなので、これはしょうがないところだ。


多くの人が歩いている坂道をかみさんは軽快に駆け登っていった


私の方は関門少し前の下り坂で左膝が急に痛くなって、まともに走れなくなる。
50キロ関門は閉鎖時間の5分前に通過。
60キロ関門の閉鎖時間までは80分以上あるので、普通に走れていれば問題なく通過できそうだけれど、問題は膝の痛さだった。
左膝は、半月板損傷で医者から「フルマラソンはもう走れない」と宣告された方の膝である。

関門を過ぎた先で再び同じくらいの坂道があり、登りは何とか走れたけれど、下り坂になると膝への衝撃が大きくなって歩くことしかできない。
ペースもキロ9分台となって、これでもう60キロ関門通過はほぼ不可能となる。


膝が痛くなると下り坂のほうが辛く感じる


54.5キロのエイドでは預けていた荷物を受け取ることができる。
かみさんはもう先に出ているだろうと思ったら、そこで私を待ってくれていて「私もこれ以上走るのは無理」と言っている。
ここでリタイアすることもできたけれど、60キロ関門の閉鎖まではまだ時間が残っている。
預けている荷物の中に膝のサポーターを入れてあったので、それを付けるとまだ走れそうな気がした。

スタッフの女性に60キロ関門の閉鎖時間を聞いたところ、「まだ時間があるから走ってきなさい」と背中を押され、間に合わないことは明らかだったけれど次の関門を目指して走り始めた。


中間地点のエイドを目指して歩くようなスピードで走り続ける


そこから先60キロ関門までは、ペースこそ9分台で変わらなかったけれど、一度も止まらずに走り続けることができた。
この距離でも走っている自分がいることが信じられなかった。

閉鎖時間には間に合わなくても、そこはもう私たちにとってのサロマ湖ウルトラマラソンのゴールである。
最後に時計の前で記念撮影をしたかったけれど、当然のことながら私たちが到着した時は全て片付けられた後で記念撮影は叶わず。


私たちのゴール地点は既に片付けられた後だった


間もなくして選手収容バスがやってきた。
マラソンでの途中リタイアは初めての経験だったので、収容バスに乗るのも初めて。
汗だらけのままバスに乗るのは気が引けるなと思っていたけど、バスの座席には全てビニールのカバーが付けられていたので、余計な心配は御無用だった。
ただ、バスの中は汗臭いのだろうなと思っていたけれど、これはやっぱり思っていたとおりだった。


初めて乗った選手収容バス


まだ走り続けているランナーの姿を複雑な思いで眺めて、13時50分にフィニッシュ会場に到着。
バスを降りるとそこはリタイア申告所の直ぐ前。
良くできたシステムである。

途中のエイドに預けてあった荷物も一足先に届いていて、スタート地点で預けた荷物と一緒に受け取れる。
初めてのことなので、これにも感心してしまう。

シャワーを浴びて着替えをして、駐車場への車まで歩いていく途中、身体がとても軽く感じた。
これならまだ20キロくらいは走れそうだなと思えてくる。
それはかみさんも同じだった。

しかし、もう一度会場に戻り、貰った食券で食事をした後は疲れがどっと押し寄せてきて、歩くのも精一杯の状態になってしまった。
多分、ちょっと前に身体が軽く感じたのは、まだアドレナリンが出ていたからだったのだろう。


この時間、ゴールしてくるランナーの数もまだ少なかった


次々にゴールしてくるランナーを少し応援した後は、今日の宿泊先である網走市内のホテルへと向かう。
ホテルで風呂に入り、ビールを飲みながらテレビの笑点を見ていると、かみさんがポツリと呟いた。
「この時間、まだ走っている人もいるのよね」

来年のリベンジはあるのか?
これから半年かけて考えてみることにしよう。



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